ワーホリ終わった後に、日本帰って就活とか再就職する人へ

ワーホリ終わった後に、日本帰って就活とか再就職する人へ
記事をシェア

今まで似たようなお悩み相談をとくに大学生ぐらいの悩める留学生から腐るほど貰ってきたので、ここでいったんテンプレ可しようと思い書きなぐってみることにする。

何を言うかは大事だとおもうけれど、どう言うかも同じぐらい大事。 いつも面接で落とされる人は自信のなさが出過ぎている。

ワーホリで1年間留学したあとに就活する大学生を今まで数百人みてきていろいろ相談をうけてきたけれど、 就活うまくいくやつとそうでないやつには共通点がある。

差なんかたいしてない。差を決めてるのは面接官の耳に届いた自分の言葉

仮にここにワーホリ期間中英語勉強たくさんして充実した海外生活送ってたくさん成長した自覚のあるA君と、ワーホリ中、最初の数か月は語学学校で英語勉強したけどおもうようにペラペラしゃべれるようにはならず、結局そのあともバイトやれなんやれで忙しくそこまで英語上達した自信がもてず、かといって外国人の友達がたくさんできたわけでもないと自分で思っているB君がいたとしよう。そしてA君B君ともに、日本帰国してからすぐに就職活動はじめたはいいものの、運悪く序盤の面接で結果が出せなかった為、帰国して3ヶ月ぐらいが既に経過していたとしよう。

こういった状況の時、上記の情報だけだと採用される可能性が高そうなのはA君なわけだけれど、実際何故面接官がA君のほうがB君よりも採用したくなるかっていうと、A君のほうが充実した海外生活を送れて英語が堪能だからではない。

何が言いたいかというと上記のワーホリ中に自分が何を学んだかとかどう充実したのかっていうのは、すべて結局主観事に過ぎない。究極的には、A君とB君の語学学校に行った期間や接した国の人の数、最終的な英語力が同じだったとしても、客観的に測れる数値の値がおなじものだったとしても(友達数、TOEICスコア、語学学校就学期間、帰国してから現在までの日数等)、ある人はA君のように考え、ある人はB君のように考えるのである。

就活には運も多分に含まれる。わたしは日本にいた時大企業で面接官をした経験もあるが、面接官なんて結構適当。いろんな面接官がいる。自分からしたら「こいつ人を見る目のないやつだなー」って思うような面接官もいるし、自分もそう思われていたかもしれない。

そして、仮に面接官がA君、B君に同じような態度で同じような質問を投げかけたとしよう。「1年間の海外生活をえて、あなたは何を学びましたか?」的なテンプレ通りの質問もくるだろうし、上記の状況の場合、「日本帰国してから現在までの間かなり期間が空いているようですが、帰国後から今まではどんな活動をされていたんですか?」等など。

話を戻すが、仮にA君とB君が海外で質量的に似たような経験をしていたとしても、A君のように自信をそれでもてた人と、B君のように考える人ではこの質問に対する自分の中での答えの探し方に差が生まれる。そしてそれを説明する時の態度にも差が生まれる。A君の場合、いかに海外生活が充実していたのか、あれも話したいこれも話したいというようなキラキラ感を発しながら喋るかもしれない。B君は運悪く序盤の就活が上手くいかなくて、帰国後から現在まで時間があいてしまったことでさらに自信をなくし、うしろめたさを感じながら返答をさがすだろう。

面接官はただの人間

面接官は一人当たりの面接に殆ど時間を割かない。実際初めて会って10分やそこらで面接官がA君とB君の海外生活での真実を見抜けるわけがない。すべてはA君B君の自己表現力で決まる。

実際ね、数年海外住んで、似たような人たち何百人もみてるとね、みんな経験してること大して変わらない。本と些細な違いでしかないとおもう。人によってはジャパレスで働いていたことを気にしてる人もいるし、日本人とばかり一緒にいて英語伸びなかったと嘆いている奴もいる。が、はっきりいって1年ワーホリで英語頑張って伸ばしたやつも、日本食レストラン&日本人友達とつるんでばっかいたやつも、英語喋れないレベルはアリンコとミジンコぐらいの差しかない。アリンコのほうがミジンコより何億倍もでかいし(億かどうかはしらん)、ミジンコはありんこのことスゲーっておもってるけど、結局どっちも人間様の指パッチンで即死するレベルだよってことで大差ない。俺が見てきたワーホリ1年間で英語自信つけまくったTOEIC950点君だって、こっちのネイティブと電話でビジネスの話をスムーズにできますかっていったらたぶんほとんどできない。ほとんどのTOEIC950点君は所詮英語の実力といってもその程度のレベル(ワーホリが初めての日本外1年間長期ステイの場合の話)。

何が言いたいかっていうと、1年間だけワーホリしてたやつで面接のときにキラキラできちゃうやつは、英語が使い物になるからキラキラしてるんじゃなくて、1年間充実して自分は頑張ったっていう自信があるからキラキラしてるんだってこと。もっというと、TOEIC950点とれなくて、500点ぐらいで糞みたいな英語力でも、キラキラできてるやつはいる。そーいう人のほうがどうしたって面接官が10分そこら話したときに一緒に働きたいなって魅力を感じる人材になりうる。まあつまり、何点かどうかとか、年齢がどうかとか、帰国してから時間あき過ぎたとかっていう数量的な事実は、自信を無くしやすい人にはなくす材料にかならない。そして面接官が10分やそこらかけて実際やってることは、その数量的事実がどうであるかなんていう事実究明とかではなく、その数量的事実ありきで形成されたあんたという人間を見て一緒に仕事できるかどうかをその面接官が持つ人間観に基づいて判断しているということ。

別に就職しないといけないわけじゃない。就職できないのは劣っているという事ではない。

あと基本的過ぎて前置きしなかったけど一応最後に補足。就職活動における面接ってのは「自分が提供できる価値とその企業が自分に提供してくれることの相性がいいかを見極めるミーティング」みたいなもんで、決して一方的に「自分は御社に貢献できると思います!」アピールする場所ではない。そもそも就職活動なんてする必要すらないと思う。変にゴマすらないと入れなさそうなところは自分の人生の時間、労働力を単純な賃金に切り売りするだけの低価値企業なので行かなくてよい。特に若い20代の人とかね。自分の価値を生きるために最低限必要な賃金に還元する方法ぐらい、丸一日ググって頭使って考えりゃいくつか案でるでしょ。思いついても実際行動しない受け身環境で育ってきてるやつ程基本、20歳すぎて生きるためには「就職」が必須だとゼロ思考で思っている気がする。この世界の、かつ先進国でsurviveするためのメジャーな生存戦略の一つにすぎん。

上でも書いたけど就職を管理してるやつらもまた俺みたいなただの人間なので、「使われる側」で自分を売ろとしたときには買い手側のneedsにマッチしなければならないという運も大きく絡む。結局ありきたりなアドバイスになるけれど、自分の積み重ねた失敗や成功を自信をもって表現できて面接で落ちたのであれば、それは人間を否定されたとか、低能だとか、下にみられたということではなく、その起業とあなたのパートナーシップでケミストリーが発生しずらいかもしれないねって言われただけにすぎない。この世の中には貨幣制度をもたずにいまだに物々交換主体で生きている民族だっているわけで、企業に就職してお金を貰うために就活するってのは、人生楽しむための一つの手段にすぎないっていう事を心の片隅にとどめて、変に自信おとして鬱になったりストレス溜めないように頑張るくらいが丁度いいんじゃないのかなって思う。

記事をシェア

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで0lloをフォローしよう!