新卒で入った会社をやめた時のこと

新卒で入った会社をやめた時のこと
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ふと、会社をやめた時の事を思い出したので綴ってみる。思い出し雑記。

私は東京のそこそこ大きな会社でWebデザイナーをしていた。正社員である。入社当時はまだガラケー全盛期の時代で、最初の数ヶ月はガラケーの待ち受け、デコメなどの作っていた。多すぎる機種それぞれに合わせて、シビアな容量調節や画像サイズ調整をするという職人芸な仕事だった。

その後はPC向けのWebサイトをひたすら毎日作っていた。当時はPhotoshopCS2だかCS3ぐらいが全盛期の時代で、モックアップを画像形式で作って確認をとってから、それをもとにDreamWeaverでコーディング、みたいな流れだった。ウチの会社は、大きい規模のガッツリしっかりのWebサイトを時間かけてクオリティ高めで作る、というよりは、簡単なWebサイトをいかに短時間でミスなく、しめ切厳守でつくれるか、という案件が多い会社だった。

忙しい時は最大で1日3つWebサイトを立ち上げた事もあった。とにかく早く、ミスなく、そこそこ見れるものを作るという事がとても大事だったように思う。

もともと1つのことに熱中してずーっとにらめっこするほうが好きだった自分は、本当はそこそこのデザインのものを量産するより、がっつり時間をかけてひとつ、胸を張れるものを作りたいという思いがずっとあった。たぶん美大上がりのデザイナーなら皆そう思ってるんじゃないだろうか?プライドあるので、半端なものは世に出したくなかった。自分の手の遅さを治す、良い薬だったと思う。大学では時間があまりにありすぎた。

インハウスWebデザイナー、ディレクターを辞めるまで

あの会社から離れてもう、7年になるだろうか。入社した1年目で、仕事がキツいのと、尊敬できる先輩がいなかった事、一緒に仕事をする人のWebに対する知識のなさ(上流ポジション)にウンザリして、なんども会社をやめたいと思っていた。ずっとずっと会社をやめたいと思っていて、結局3年目を迎えてしまった。

ずっと会社をやめたいと思っていてもやめなかったのにはいくつか理由があるし、辞めることを決心できたのにのも理由がある。思いつく限りで箇条書きにする。

やめない理由

  • 先輩方が口を揃えて、「3年は続けたほうがいい」と言っていた。3年働かないと実際のところわからないだとか、転職の際に不利にならないだとかって理由。
  • 他によい就職先がない。というより転職活動なんてする余裕がなかった。
  • 1、2年目は、仕事内容はハードだったが、技術的に得られる経験値も多かった。無駄だと感じる仕事はそれでも多かったが。
  • 給料が悪くなかった。
  • 会社名のブランド力もあり、世間体がよかった。

やめたかった理由

  • ストレス。主に「ディレクター」と呼ばれるポジションの人達が自分は嫌いだった。理由が多すぎて書ききれないが、目立ったのは、自分より上流に位置するポジションなのにWebの知識が乏しすぎてただの伝書鳩状態になっている点。
  • つまらない仕事の多さ。とくにファイル修正しましたメールと、アップ完了しましたメールと、ページに正常に表示されているのを確認しましたメール(ブラウザ毎)。ディレクターのせいの原稿不備とかで、文言が1文字変わっただけで(誤字脱字ですらない)、発生される細かいタスクが多すぎる。窮屈すぎた。
  • 肌が荒れる。土日休みだと寝てばっかり。不規則。
  • 3年目で自分が嫌いだった上流ポジションのディレクターになってしまった。つまらない雑務が増え、技術的な事に直接触れる機会がなくなり、仕事で得られる経験値の質と量が自分の求めていたものとかけ離れてしまった。

今思えば、ありきたりな理由でやめたいと思っていたと思う。ただ、上記の状態であっても、私は会社をやめなかった。新卒で何年かお世話になっている会社を止めるというのは、とてもとてもとてもエネルギーを使う事だった。

実際に自分の背中を最後に強く押してくれたものは下記の3つ。これらがほぼ同時期に起こった事で、長らく出せずにいた退職願を出すことができた。

やめる決断ができた3大理由

  • 東日本大震災が起こった直後で、自分のこれからの人生を本気で考えている真っ只中だった。
  • 当時隙間時間にやっていたFXの利益が、給料の額を上回っていた。
  • 退職にむけて本格的に動き始める前日に徹夜でやっていた仕事が、クソみたいな事務作業で心底嫌気がさしていた。

本当に最後の最後で自分の背中を押したのは、上記最後に書いた徹夜作業だった。

確か当時別の人が担当していたサイトで、中国語関連の用語が沢山掲載されているページが大量にあり、その用語1つ1つにhtmlで漢字にルビをマークアップして振っていくという、ザ・事務作業だった。ページ数があまりにも多く、ひたすら原稿にらめっこしながら、ただただルビを振っていくだけ。他の仕事も忙しい中、タスクがおしにおし、午前0時ぐらいにファミマで弁当を買って、オフィスで書き込みながら明け方4時ぐらいまでひたすらノンストップでキーボードを叩いていた気がする。

東日本大震災の節電による電車ダイヤの影響と、日頃の運動不足もあり、この時は片道27キロ、往復54キロをチャリで毎日通勤するというアスリートに片足突っ込んだような生活をしていた。

ストレスが溜まりすぎて、明け方の4時になってもたいして眠気はなかった。朝の11時には出社していないといけないので、帰宅して、3、4時間ねて、シャワーあびてまた戻ってくれば間に合うかなというようなスケジュール感で毎日過ごしていた。今思うと恐ろしい。

漢字にルビ振り毎日が続いていた中、ある瞬間ふと、「俺何やってるんだろう」という気持ちになった。一旦トイレにいって、座席に戻ってきた時はもうすでに、ルビ振りする気力はゼロになっていた。その場で上司に「辞めます」を送りつけて、会社を出た。

それまで何度も何度も何度も「会社辞めてやる!」と思っていたけれど実行にうつせなかった。ある程度勢いみたいなものがないと、実際問題会社は辞められないと学んでいたのかもしれない。少なくとも、今ここで「会社やめます」メールさえ送りつけられなければ、自分は明日からもまた毎日毎日つまらない仕事にグチグチいう生活が続く事だけは自分のなかで確かだった。勢いに身をまかせてみたくなった。

翌日上司から、「たまには二人で飯いくか」と早速返事がきて、銀座のちょっと良さげな飯屋に連れていってもらった。ちなみにランチ。もともとこの上司のことは個人的には嫌いではなかった。人情味のあるオッサンというかんじで、もと警察官らしい。全然Webっぽくない。正直仕事が出来そうにもみえないし、仕事ができるなぁとおもったこともない。ただ、面倒見は実際良かったし、責任感みたいのが強そうで、人間として嫌いになれない、そんな人だった。

彼の立場もあるだろう。今まで散々投資して育ててきた新入社員だから、当然辞めてもらいたくなかっただろう。色々語ってくれた気がする。自分が辞めるのを引きとめてくれて、たぶんそれも仕事なんだろうけれど、必要とされていることが確認できたのは素直に嬉しかった。勢いに任せて綴った「辞めます」メールは、いつもの業務メールに比べればだいぶ文面がお粗末だったはずだし、だいぶ感情的にもなっていた気がする。彼はもしかしたら、あのメールを受け取って、「今こいつに必要なのは、話を聞いてくれる誰かだ」とか思ったのかもしれない。凄く優しくしてくれたのを覚えている。

ただ、当時の自分は実際のところ誰かに話を聞いてもらいたいなんて微塵も思っていなかった。「辞める!」とハッキリと、はじめは勢いにまかせてだけれども公言したことで、とてもスッキリとしていた。1日たっても、1週間たっても、後悔する気持ちは微塵も湧かなかった。早く解放されたくして仕方がなかった。

実際会社を辞めてから、主にお金の不安だったり、社会的な肩身の狭さだったりいろいろと実感出来たことはあったが、それもそれで良い経験だった。やっぱり辞めてよかった。辞めた直後に貯金がどんどん湯水のようになくなっていく状態になると、「辞めないほうがよかったかも」と思う時期もありはした。仕事、お金、社会的地位、人間関係、時間、そういうったもののある状態と無い状態を両方経験することで身につくバランス感覚、ありがたみは大きい。ちなみにそのあとFXで日銀砲を食らって身体ごと溶けたのは苦い思い出。

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