11ヶ月ぶりに10キロ走った

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ランニング中に考えた事とか、雑念とか

走る事が嫌いだった自分が、走ることに興味を持つまで

毎年出場している10キロマラソン大会である、The Sun Run のレース日まで1ヶ月を切っているので、今更ながら軽く練習を始めることにした。レースに出ると決めたのは自分だが、毎年この時期は気分が重い。走るのが好きだと思ったことはなかった。むしろ学生時代は、走るのが嫌いで嫌いで仕方がなかった。中学1年生の頃の体育の時間で、学校周りの敷地を走らされた時は地獄を見たし、高校1年生のときに1日だけ体験入部してみたテニス部のランニングメニューでは、その日参加した男女全員の入部希望者+既存部員の中でビリだった(たぶん40人くらいいた)。キロ単位のロングランには、昔からいい思い出がない。

カナダにやってきた年、その次の年、そしてまたその次の年も、"The Sun Run"というビックイベントに出場する周りの友人知人をみては「へぇ、よく頑張るねぇ」と他人事のように思っていた。「お金払ってまで、自分を苦しめるレースにでるとは、理解に苦しむぜ」といった具合だった。苦しいことは好きじゃない。

そんな自分にとって、最初にSun Runに出ることになったきっかけってなんだったんだろう。そもそも自分は運動自体好きな方ではなかったはずなのに。

はじめてカナダに来た年、季節は秋頃だったとおもうが、日本から自分を訪ねてくれた友人達と一緒にグラウスマウンテンに登った。ESLの友人からは「ハイキング」と聞いていたので、おにぎりと水筒、カメラをもって、当時外はすでに少し寒かったので、厚手のパーカーを着込んでのぞんだ。予想より遥かにハードな上り坂と、4分の1のサインをみたときの絶望感と後悔は今でも覚えている。4分の1を超えてからは、無言だった。途中何度か足がつりながら、汗まみれになった厚手のパーカーを腰に巻き、撮るものがないのでカメラをリュックにしまい、こんなのを「ハイキング」とカジュアルに紹介して来た友人を恨みながらも、息からがらに頂上に着いたのは、スタートしてから約90分が経過した後だった。もう2度と登ることはあるまいと当時は思っていた。

それから2年後、なにかの拍子で友人に誘われて再びグラウスを登りに行くことが決まった。初挑戦時に地獄を体験していたので、かなり心してのぞんだ記憶がある。結果をいうと、かかった時間は丁度70分程だった。そして、この70分は友人と途中話しながら、特にタイムアタックを意識することなくして達成した70分だったのである。当時は週1で2時間ほどバドミントンなどをしていたので、知らず知らずのうちに体力がついていたのかもしれない。25歳の時に息もからがら達成した90分と比べたら、27歳で楽に達成した70分という記録は、「貴方身体が若返ってるね!」と言われているようでとても嬉しい事実だった。20代後半になると、同い年の友人からも「スタミナおちた〜」という類の話はよくきくものであったが、自分は逆に若返っているのではないか?これ本気でタイムアタックしたら1時間切れるんじゃないか?そんな事を考え始めた。結局私は、「グラウス1時間以内に登り切ったよ!」と言いたいがために、数週間後に本気のタイムアタックをすべくグラウスマウンテウンに戻ってくるのであった。結果は59分。ギリギリの目標達成である。死に物狂いで1時間を切るために自分をプッシュし続けた59分だった。途中4回ぐらい「もう2度とやらね」と思ったにもかかわらず、一回挑戦するごとにタイムがどんどん縮まって行くのが面白くて、その2週間後にまた一人で山にきている自分がいた。結果は51分。タイムが59分のときも、51分の時も、最初からタイムアタックのつもりで本気で挑んだはずなのだが、たった一回のトライでタイムが8分も縮まるなんて予想外すぎた。こうなってくると、次は「これひょっとして次は50分切れるんじゃないか?」という考えがわき起こる。人生4度目のグラウス、結果は48分だった。

能力がより詳しく見えるようになってくる

身体の適応は、自分が考えていたよりもずっとずっと早く起きる。自分の運動能力における成長に対して興味がなかった頃は、ただ漠然と「筋力」「スタミナ」といった程度のバロメーターでしか自分の成長を図ることができていなかったようにおもう。もともと「超回復」のメカニズムだったりは中学生頃から知識として持ち合わせていたが、だからこそ、このグラウスマウンテン連続チャレンジにおける短期間の自分のタイムの縮み具合が不可解だった。スタミナとか筋力って、そんな1週間そこらでここまで目に見えて変わるものではないだろうというのを知っていたからだ。

その後ネットで色々調べてみれば、ランナーとしてのステータスは自分が思っていた以上にさまざまな種類のフィジカルバロメーターがある事を知った。具体的には「乳酸性作業閾値(にゅうさんせいさぎょういきち)」と「VO2MAX(ぶいおーつーまっくす)」といった指標である。ここでこの二つを細かく説明はしないが、今まで「個人の運動能力は、筋肉の質や量、神経系の質(いわゆる運動神経、センス)」でほぼ決定すると漠然と考えていた自分に新たな視野を与えてくれた。

自分のグラウスのタイムが短期間で劇的に短くなったのは、筋力ががっつり増えたとか、運動神経がよくなったというよりも、「血中に酸素を取り込む量」「取り込んだ酸素を全身に送る能力」「筋肉の酸素消費量」「筋肉に溜まる乳酸処理のスピード」「心拍数上昇時の思考コントロール」これらがともに発達したからである。そしてこれらは、気が滅入ってしまうほどの「運動強度の高さ」がある運動を続けないと伸びない能力であり、「超回復」理論で獲得していく筋肉育成とはまた違うサイクルのなかに存在する運動能力指標なのである。

モチベーションサイクル

さて、自分の成長が見込めると、あれだけ嫌だった辛く疲れる運動も楽しめるようになってくる。The Sun Runに興味を持ったのはグラウスマウンテンに2度登って、タイム縮まったのが嬉しかったから。初めてのSun Runは確か記録は41分xx秒だった気がする。その前年のグラウスマウンテンのタイムアタックでも41分台を何度か出していた。今ではコンスタントに40分を切れる程度にタイムが縮まっている。数年前に90分かかっていた頃と比べると、タイムは2分の1以下に縮まった事になる。

最初は誰かに認めて貰いたかった。グラウスマウンテンのレコードは、バンクーバー近郊に住む人の間ではわりとメジャーな運動能力指標の一つである。現地人も、留学生も、日本人ワーホリも、1回は挑戦したことある人がとても多い。「グラウスをxx分で登ったぜ!」という話題が成立しやすいのだ。つまり記録を自慢しやすい。運動強度を上げれば上げるほど結果が出ていた時期は、ひたすらに自分をいじめ抜いた。週に3回グラウスに登り(うち2回は平日仕事後)、かつバドミントンも週3(うち2回は平日)というスケジュールをこなしていたこともあった。仕事を17時に終えて最速で山に向かい、全力で登り切ってすぐに帰宅すれば、ダウンタウンに19時ごろに戻ってこれるのである。その後そのままリッチモンドまでいき、移動中に飯をすませて20時から23:30までひたすらバドミントンという生活である。

グラウスマウンテンがオープンしているのは夏季シーズンのみなので、この生活がまかり通るのもこのシーズンの間だけである。ハードトレーニングな日々は一度慣れてしまえば、同じ負荷のものを短期間二何度もこなすことはそこまで難しくはない。ただ、「慣れる」というのは逆方向においても言えることである。一度やらないこと、「休むこと」に慣れると、元のラインに持って行くことにかなりのエネルギーが必要になるのである。シーズンスポーツの難しさはこういった側面もあるのだろう。冬になると運動をしない日々が続き、インフルエンザにかかったりしてそもそも引きこもりになってしまい、家でNetflixのドラマやアニメをみるだけの生産性のない日々が続いたりすることもある。"The Sun Run"の開催日は4月の第3週日曜日。サマータイムがはじまり、少し春の息吹を感じ始めた頃には「そろそろ練習しとかないとまずいかな」という時期になってしまっている。この時期が一番運動をはじめるのにエネルギーコストがかかる。

そもそも自分は、「アンチエイジング」だとかをそれなりに気にしているくせに、稼働な運動負荷をかけて体内の活性酸素量を増やすといった真逆の行為をしている。矛盾している。限界まで自分を追い込むほどの走り込みは、きっと身体に悪い。行き過ぎている。去年の"The Sun Run 2017"はひどかった。コース序盤からそれなりにハイペースで、2分の1地点に差し掛かった頃には息も絶え絶えだった。ペースを落としたくて落としたくたまらない葛藤と戦いながらペースを維持し続けた。ラストまで2、3キロ地点はあたりがもっとも地獄で、自分の寿命を縮めている実感があった。こんな辛い思いをしてまで自分は何をやっているんだろうと、割りに合わない、などと既に考えている余裕もなかった。ゴール地点で燃え尽き、酸素欠乏症気味で唇は紫色で、全身が痺れていてうまくごかなくなった。自分一人で行うトレーニング中だったらここまでリミッターを外して自分を追い込むことはできなかっただろう。身体のリミッターを外してパフォーマンスを絞り出す感覚は、グラウスマウンテンで何度も経験しているが、「公式レース」となるとその外れ方が違う。まず耐えなければならない時間が圧倒的に長い。学生時代に運動部で精力的に活動していた人なら多くの人が経験している事なのだろうが、自分の場合三十路でこれを経験できたのはある種僥倖だった。

年をとりつづけること、変わり続けるということ

2年前ぐらいから、誰にも言わずに山に行くことが増えてきた。仕事帰りにふらっと一人で。登る前も、登った後も特にそれをいうことことはしない。最初は記録を図るために山に登っていたが、こういう時は違う。記録を図る時もあれば図らない時もある。グラウスマウンテンまでいって、定番のコースを登らずに、脇にあるBCMCトレイルに行くこともある。早いタイムを出すとか、誰かに認めてもらうだとか、そういった事とは違って純粋に「そういう時間」がほしくて山にくる。ハイキング好きを名乗るほど、山好きを名乗るほど自分はこれらを愛しているわけでもないし、これらについて何かを知っているわけではない、語ることもできない。

自分にとって山なんて、「地球上の陸部分でたまたま地形的に盛り上がってる部分」程度の認識である。「山が何か教えてくれる」「母なる山」のようなカッコよさげな言葉をナチュラルに口ずさむにはまだまだ私と山の間にかなりの距離がある。正直上で言った「仕事帰りにふらっと山にきちゃった」という文面でさえ、なんか目眩のするような物言いでタイピングするのを躊躇するレベルだが、自分の成長ログを自分でアウトプットしたらこうなってしまったという記録を正直に残す事を優先して、駄文と思いつつもこうやって消さずに残しているのである。

「走る」、「登る」といった運動は、その最中にいろいろな考えが頭をよぎるものである。「立ち止まりたい、楽になりたい」という葛藤と向き合わされつづける。ほかのスポーツと違って、動き方が単調な分、自分と精神的に向き合う側面、そして時間がとても長い。バドミントンのような、相手がいてそれに「勝つ」ためにする思考とは種類がちがう。相手は自分ただ一人。続ける事もやめる事もいつだって自分の意思でできる。そうしてこういった運動を通したおかげで形成されたものの見方や、人格は少なからず最近の自分に存在している。

なんども迎えているこの、3月の走り初めの時期、そういえば似たような事を去年も考えていた事を思い出す。今度はちゃんと自分の考えを残しておこうと思ってここに書き込んでいる。書き込んでいるうちに、新たな発見がある。自分の中の変化に気がつくこともある。その連続。

こういう年の取り方も、悪くない。

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